神のいましめは、現代キリスト教会において、あまり重要視されていない。しかし、イエスは「もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」と言われた。
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金持ちの青年がイエスのところに来て、言った。
青年「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」
イエス「もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」
青年「どのいましめですか」
イエス「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」
いましめを守る、は現代キリスト教会において、あまり重要視されていない。
しかし、イエスは「もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」と言われた。
命に入るとは、永遠の命に入るという意味であり、神の国(天国)に入って神と共に住むという意味。
プロテスタント教会においては、特に、イエスの十字架の死によって、信じる者は救われている、と教えている。だから、いましめ(戒め)は重要視されていない。
いましめとは、戒めであり、欽定訳では the commandments(複数)であり、十戒を意味している。
なぜなら、イエス自ら、『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』と十戒を引用されている。さらに、十戒の基本的な原則である『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』と言われた。
神のいましめ、すなわち十戒は現代においても、有効だ。現代人も、そのいましめから解放されてはいない。終末の時に示されて明らかになるだろう。契約の箱に入っている十戒の石の板が、取り出されるかもしれない。
くだんの青年はどうしたか。
青年「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」
イエス「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」
イエスの招きに応ずるには、資産を売って施すという条件付きだった。
青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたから、手放せなかった。
永遠の命という永遠の資産と、この世の資産をはかりにかけて、青年はこの世の資産を選んだ。この世の資産が、青年の神だった。
今日も同様なことが、日々起こっている。多くの人が、この世の資産やこの世の宝と、永遠の命という永遠の宝を、はかりにかけて、この世のものを選んでいる。
永遠の命に入るには、すべてを捨ててイエスに従うという、条件付きなのだ。
イエスは言われた、「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」
弟子「では、だれが救われることができるのだろう」
イエス「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」
もし、イエスの招きを受けたなら、素直に従うのが安全な道だ。神にはなんでもできない事はない、つまり、神が後のことは面倒見てくれる、必要な力やその他の必要を与えてくれる、という意味でもある。
この金持ち青年の話は、あまりに有名であり、らくだが針の穴を通る方がもっとやさしい、という強烈な比喩に気をとられてしまい、多くの教訓を見逃していた。
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